誰にでも、それなりの理由があって、そこにモノがあります。
大きいモノもあれば、小さいモノにも、それぞれの理由があります。
だからこそ、どう扱うかの判断に困ってしまうのです。
わが家にも、判断に迷い続けているものがあります。
大きな和箪笥です。
動かせない理由がある
母は、私が小さい頃から和裁をしていました。隣の部屋から、かけ針の音が深夜まで聞こえてきたのを思い出します。
父は朝とても早く出勤します。
送り出したあと、
また、かけ針の音がカチャカチャと響きました。
母の背中を見ながら、私は裁縫に興味を持ち、いろいろなものを作るようになりました。
決して裕福ではなく、夫婦二人三脚で暮らしを支えながら反物を買い、
仕事の合間にたくさんの和服を仕立ててくれた母。
当時は奈良に住んでいました。
土地柄なのか、和裁をしていたからなのか、『いつか嫁入り道具に和服一式を持たせたい』と思っていたのでしょうか?
腕の立つ和裁士だった母は、貴重な反物をいくつも抱えていました。だからこそ、その扱いは厳しく躾けられました。
結婚後すぐ、なるべく沢山入る和箪笥を買うようにと、お金を渡されました。
引っ越して間もない知らない土地で、和箪笥を探すのは思ったより大変でした。
町田の大きな家具屋まで、大好きだった叔父夫婦に連れて行ってもらったのを、今でも鮮明に覚えています。
当時は『今どき大きな新しい家具屋』という印象でしたが、今思えばニトリだったような気がします。
店内を歩き回り、なるべくたくさん入る和箪笥を探して、ようやく見つけた一棹でした。
和箪笥は濃い茶色。
金具などの装飾はなく、表面の彫りだけで模様がつけられた、昭和の終わり頃によく見かけたタイプです。
上段は観音開きで、内側は桐でできた和服や和装道具入れ。下段が引き出し。
・幅 1,070mm
・奥行 600mm
・高さ1,930mm
ーーとても大きい。
子供が小さいうちは、まだ物も少なく個室もいりません。
その頃は、まだ邪魔な存在ではありませんでした。
2DKの賃貸では、3帖の洋室に大きい和箪笥は置けず、伸縮式クローゼットを置いて納戸兼仕事部屋にし、和室に和箪笥を置きました。
和室にも大きな梁が出っ張り、和箪笥は上下に分けて平置きにしました。(和箪笥は上下に分かれることが多い。)
・幅 2,140mm
・奥行 600mm
・高さ1,050mm
広い棚ができたので、敷布団は押し入れに仕舞わず、箪笥の上に置きました。
子育ての忙しい時期は、見栄えより布団を干しやすい方が助かります。
天井が低く梁がでている家では、そもそも縦置きができないーー
問題は最初からあったのですね。
そして新しく移ったマンションも歪な形。
上段は、母が仕立ててくれた和服と和装道具がぎっしり入っています。
下段の引き出しには、私の服ばかり。
小さめの引き出しには、
主人からのプレゼントや、子どもたちが作ってくれた折り紙や小物。子どもたちの臍の緒や乳歯入れ…。
私の宝物が少しずつ増え続けています。
観音扉を開けると、今でも桐の匂いがします。
その匂いを嗅ぐたびに、この和箪笥と過ごしてきた時間を思い出します。
歪なマンションは、天井が高く壁が少ないので、ずっと縦置きにしてきました。縦置きにすると、今度はかなりの圧迫感と存在感があります。
さらにマンションの壁は、白。
際立ちますーー
今、その大きな和箪笥は主人の部屋に置かれています。
悩みは大きさだけではありません
私が興味を持ったのは和裁ではなく、洋裁。
和裁はできません。
着付けすらできません。
なんてことでしょう!
この25年間、和服を着たのは一度だけ。長男の卒園式。
早朝から美容室へ行き、生憎の天気の中で出席。強風に煽られ、帰宅後すぐに帯を解きました。
ーー疲れた。
不幸の時に和装は間に合いません。
身内の不幸なら、なおさら心が追いつきません。
夏冬の喪服一式。どうしたものか。
晴れ舞台?地味婚が流行り、親戚も遠い。
いったい、いつ出番があるのだろう。
いっそのこと茶道を再開しようか。
…いつやるの?
こうしているうちに、数年が過ぎました。
さらに、夜なべして整えてくれた母は、
実は和裁にはあまり良い思い出はなく、和服も着ません。
今は和裁をやめ、畑を耕しています。
泥まみれの毎日をとても楽しんでいます。
実家にも、まだ和服が眠っている。
まさか、追加されるのでしょうか?
大きな和箪笥は、
いつの間にか、ただの家具ではなく、
母の努力の塊であり、
私の優柔不断の象徴になっていました。
そんな中、娘が去年成人しました。
箪笥の奥で眠っていた一式のひとつが、やっと表舞台に出てきました。
もしかすると、
下の娘も袖を通してくれるかもしれない。
そう思うとーー
もうしばらく
あと少しだけ、この大きな和箪笥と付き合ってみようかと思っています。
けれどこのあと、住まいが変わり、
この和箪笥はまた新しい悩みを連れてくると思うのですがーー
それはまた、次の話です。

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